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知識労働者の先

教える仕事をしている人を様々な角度から見てきたこのコラムもこれが最終回です。

第1話はお金と経済面から
第2話はフィンランドのシステムから
第3話はマネジメントから
第4話は歴史から
第5話は社会心理学から

教育視点とは全く違う全体像を明らかにしてきました。
最終回の第6話は未来から読み解く見方をしてみたいと思います。

1900年代に入ると産業革命の恩恵が工場に転化されるようになった。
最初は軽工業から、後に自動車などの重工業でモノづくりがされるようになる。
その時工場で働いていた労働者は大きな危機感を覚えた。

その様子がチャップリンの映画にも反映されている。
モノを作る上で、工場労働者はこう主張した。
「機械に人間が作るような(繊細な)ものが作れるはずがない」
その背景には労働者の大半を占めた技工たちの失業への恐れがあった。
機械社会になり、人間の価値は落ちるのではないか。
機械に及ばない人間は必要か?

今現代ではこれと同じことが起こっている。

AIの発達と普及によって人を必要としない仕事が様々な分野で増える。
例えばスーパーからレジは消えつつある。
車は自動運転のテストが行われている。
翻訳技術や同時通訳技術が上がる。
確定申告や決算などがより正確に行われるようになる。

おそらく教育分野の幾つかでも人間ではなくAIが担当することになる。
特に雛形がきっちりと決まっている技術分野では人間よりもAIの方が力を発揮する。
例えば、法律を学ぶなら判例も含めてデータを適切に出すのは人間ではなくAIになる。
言語、数学、音楽も基礎中の基礎はAIが十分に役割を果たす。
会社の設立方法、税金の仕組み、帳簿のつけ方なども同じことが言える。
教習所で車の運転を習うのもAIでことが足りる。

工場に機械が導入され技工の姿が減ってどうなったか?
生産性が上がり、サービス業が活性化した。
輸出入、つまり国と国のやりとりも増えた。
原材料を提供する国もあれば、加工品を提供することに強い国も出た。

サービス業や流通によって様々な種類の仕事が増えた。
機械ができることは機械に任せればいい。
機械に任せたことによる成果(生産量の増大)に答える仕事は
人間にしかできなかった。必然的に仕事が増えた。

この期間に『肉体労働者』の多くが『サービス労働者』に転向した。

テクノロジーの未来についても同じことが言える。

AIにできることはAIに任せればいい。
その結果生産性が上がったり、
その状態があるからこそ人間が求めるものに人の資源は集中する。
それは一体何なのか?
今世の中の多くを占めている第三次産業の『サービス労働者』は
AIの進出によってその役割や仕事が減少する。

結果、今すでに生まれている『知識労働者』に関わる仕事が増える。

例えばあまり儲からないことで知られている
「ユーチューバー」という仕事は過去に存在しなかった。
人に対してあのように訴求できるコンテンツ提供は
少なくとも今想定できるAIの未来では難しい。

例えばこれまで税理士は難解な試験に合格し、高給を得る仕事だった。
彼らは頭がいいと思われているが、実際には

情報を扱う仕事

をしている。
税務に関する内容と、それを数字に変換してまとめる仕事をしている。

これに対してユーチューバー(コンサルタントでもなんでもいいが)は

知識を組み合わせることによって創造とフィードバックが必要な仕事

をしている。
情報の組み合わせはAIが得意とする。雛形があればどこまでもできる。
知識の組み合わせは理論上はできても、人の反応と成果を生み出すことはできない。

今後20年ほどで仕事が情報の扱いから知識の扱いへと変わる可能性が高い。
日本に限定して言うなら超高齢かと人口減少でその道しか残されていないという見方もできる。

そのような想定のもと、では教育とか講師はどうなるのか。
どうならざるをえないのか?

専門職に就くほとんどの人は、その専門分野の適用や提供には長けている。
しかし後任や弟子を教えることは上手くない人が多い。
AIは基礎を教えることができる立場に置くことができる。
基礎は労働以前の初心者の段階から始まるが、
そこできちんと底上げされると考えれば現場に立つ時に
すでに使い物になる可能性が高い。
修行期間を不要にするだろう。

料理人、大工、医師、弁護士(AIに変わる可能性もある)、パイロット、
靴作りの職人など様々な専門職に適用できる。

使い物になるということは、ある意味AIは容赦がないということで
適正的に向かない人やセンスがない人は最初から振るい落とされるだろう。
マイナスのポイントではなく、
バックグラウンドに適正に合った職を選びやすい社会ができてくるはずだ。

だから実稼働に乗るのが早くなる。

ならその上で教えるべきことは何があるのか?

名刺の渡し方やマニュアルの習得、パワーポイントの駆使などは
ほぼ全てAIが教えることができる。
基礎ができた人に組み合わせによる応用を教えることは
当面経験者にしかできないことになるだろう。

成果の導き方の複数のパターンはAIが教えることができる。
例えば外国語での場面上の言い回しはかなり臨機応変に答えられるようになる。
だがその文化の中で、自国文化を通していいか、郷に従うか
相手は何を求めているのか、なぜその質問をするのか
というコミュニケーションが関係することは当面AIに教えることはできない。

また創造性やイノベーションに関係すること
説明や解説以上のプレゼンテーション
内面や心理、感情に関すること
伝統に関係すること

なども人間によりウエイトが置かれるようになる。

肉体労働からサービス労働に変わってきたことによって休暇が増えた。
直接的な因果関係はないが相関関係はある。

サービス労働が知識労働に変わってくると働き方が変わる。
労働も休暇もさらにフレキシブルになる。
固定化されたところはAIが行う。

労働がかなり自由になる。
当然教える仕事をしている人も自由になる。

AIが基礎を教えることができるだけではなく、人口構造の変化もあり
教える仕事ではより個別化とオリジナリティの追求が課題になる。
特に強みと個性を上手く扱うという視点は高まる。
他の誰かにできる仕事、他の誰かが追求したいと思えることは
もはや他の誰かではなく、AIが人間よりもはるかに優れてできるようになる。

人間にしか、というよりも、自分にしかできないことは何か?
と問われる機会はますます大きくなる。

それを教えることが講師の仕事になる

のであれば、自分は今から、自分の強みに基づいて

何を教えることができるのか。

組み合わせの応用。
コミュニケーションに関わること。
創造性に関わること。
マネジメントに関わること。
ゼネラリストとして活躍すること。
強みと個別化に関係すること。
そして、AI技術の進歩に関わること。

ここを教えることができるようになることが
今後の『教える仕事』に求められている。

まだ20年も先の話で、その頃にはもう教える仕事をしていない・・・
そういう人は現実が見えていない。

では今、例えば英会話を教えている。あるいは税理士をしている。
20年後その仕事をしていない。
おそらくその職業はAIに奪われている。
では20年後あなたができる仕事はなんだろうか?
もしかしてAIができる仕事の何分の1の仕事「だけ」しかできないのではないか?

今教える仕事に就いているなら、
先駆けて

組み合わせの応用。
コミュニケーションに関わること。
創造性に関わること。
マネジメントに関わること。
ゼネラリストとして活躍すること。
強みと個別化に関係すること。
そして、AI技術の進歩に関わること。

これらの物事に自分の仕事を組み合わせるように考えていく必要がある。
それができるのであれば、いや、できるからこそ
次の未来に起こる変化を自分が牽引することができる。
乗るのでも乗り遅れるのでもない。

牽引し主導したものは、その自分の強みをベースにして発展する。
もちろん消えゆくものもある。
その場合でも、何をどのように組み立てればいいか?
ということを先行して習得している。

その習得を伝えることができれば、
次の世代もスムーズにその世界に適応して進んでいくことができる。

これが今だからこそ求められている
「教える仕事」のあり方で、考え方なんじゃないかと思う。
先を見据えず物事を伝える仕事をしているのならそれを良い講師とはいえない。

先に通用する成果と人物を生み出す講師が良い講師であるはずだ。
そのために必要なことは未来ではなく、今から考えていくことができる。

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